従来は価格やスペック面の訴求に重きを置く構造がスタンダードだったECサイトだが、ここ数年でその不文律は崩壊しつつある。今回は、株式会社電通デジタル・プランニング・ディレクター三橋良平が、デジタルマーケティングやウェブの運用を手がける株式会社インフォバーン代表取締役 CVOの小林弘人氏に、ECの現状が抱える課題、これからのECの在り方について伺った。

※この対談の模様は、「電通報」でも詳しく紹介いたします。

決定的な差別化のない国内ECの現状

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三橋:最初に日本のECの現状についてですが、個人的に国内のECサイトはまだ情報に価値の比重を置ききれていないと感じています。1997年に「楽天市場」が立ち上がって以来、商品の価格差でしか他社との差別化を図れないサイトが多い印象を受けるのですが、小林さんは日本のECにどのような課題を感じていますか?

小林:ユーザーエクスペリエンスについて課題を多く残している、というのが正直な印象です。たとえばあるユーザーがデパートで目ぼしい商品を見つけたとします。そのユーザーはECサイトでその商品を探し購入するため、実店舗には商品の実物を確かめるだけの来店となり、それは実店舗の感覚からすれば迷惑なだけのユーザーとなりますが、裏を返せば商機もあるわけです。

三橋:たしかに、それは感じますね。

小林:本来であれば、そういった「ショールーミングユーザー(※)」にとって、実店舗にしかできない体験をどう与えるべきなのか。たとえば、朝にユーザーの興味に即したコンテンツ(たとえば、ジャケット)をメールやSNS経由で届け、そこに記載された商品に興味を持ったユーザーが、ランチタイムや仕事の帰りに実店舗に行って試着してみる、といった動線の流れをどう設計するか。そして、そこから実店舗経由でしか購入できない商品をEC含めて販売するようなユーザー体験(エクスペリエンス)を与えるのかを考えるべきなのです。これはもはや、ビジネスモデルの問題です。この一連のユーザー体験を異なる組織を超えて構築できれば、かなり強力なのですが......。

三橋:組織の体質や成り立ちが、そういったユーザー体験を阻害している部分はたしかにありますね。

小林:同じ組織内でも、社員同士が互いの管轄に固執してしまうと難しいです。この課題には、実は企業の組織における課題が含まれています。

三橋:そうなるとECだけの話ではなく、かなり大きな課題になってきますが、小林さんはどこから手をつけるべきだと思いますか?

小林:既存の組織での実現は難しいと思います。新しい価値と体型をもつベンチャーを作って、新規事業として立ち上げるしかないのでは、と思います。

三橋:そうですね。今の日本の組織構造を作り変えるというのは簡単ではないと思います。

小林:しかし、たとえば既存の企業で一連のユーザー体験を実現しようとするのであれば、社内の部署を横断して「カスタマージャーニーマップ(※)」を作ってみる、というのはいいと思います。どの部分に顧客体験の欠如があるのかが見えてくれば、次は「どうやってその課題を解決していくか」という姿勢に変わっていきますから。

三橋:僕らは「自社サイトを立ち上げたい」あるいは「上手くいっていないサイトを立て直したい」というご相談を企業からいただくことが多いのですが、結局コンバージョンレートを上げようとするとサイトにメディアを注入して顧客獲得単価を抑えることになってしまいます。しかしそれは、必ずしもサイトを訪問する消費者のニーズに応えた対応とは言えません。やはり、「消費者の求めるものは何なのか」を意識することがスタート地点になると思います。

小林:なるほど。

三橋:その作業には、カスタマージャーニーマップをしっかりと描いてサイトに必要な要素を落とし込んでいく、ということが必要になってきます。それによってユーザー個人の体験だけではなく、共有体験も提供していくのが重要なのでは、と思いますね。

小林:共有体験、とは具体的にどのようなことでしょうか?

三橋:ユーザーが求める商品を一緒に開発したり、商品ができあがっていくまでの過程を共有する体験です。「そうそう、これが欲しかったんだよね!」という体験は何よりも強いと思いますから。

小林:そうですね。それは大切なことだと思います。そういう意味では、今後はECとメディアの線引きが徐々に曖昧になっていくと思います。たとえばアメリカの「ローカルモーターズ」という会社は、車を開発する過程を劇場型でユーザーに公開したことで、メディアにも見えます。デザイナーが提案した車にユーザーが投票し、実際に購入することもできるので、車の製造とメディアとECがすべて一体化しているのです。そのような流れを見ていると、今後はECももっと開発や生産工程からコンテンツ化していってもいいのでは、と思いますね。

スマホ時代の「情報の強弱」

三橋:これだけスマホが普及している現在、インターネットにつながっているということすら意識しなくなっているなかで、ユーザーは買い物をしているのが実店舗なのかネットなのかということすら考えなくなっていますね。たとえばウォーターサーバーなどは、自分が買っているという意識をしなくても家に届きます。

小林:「Amazon」がそんな試み(※)をしていますよね。余計なお世話という気もしますが、便利と言えば便利です(笑)。僕は生協を利用しているのですが、「商品が届いた後、締切りまでに次の注文をする」という仕組みがどうもしっくりこないなと感じています。こちらが頑張って、来週にはこの具材がなくなりそうだとか予測しなくてはならない。せっかく顧客の購入データを取っているのだから、トマトがなくなったらあちらから購入を促してくれたらとても便利だと思うのですが......。

三橋:冷蔵庫がネットにつながっていて食材が切れたら自動で発注してくれたり、生体データを取って「あなたはこれを食べるべきですよ」なんて提案してくれる仕組みはSF映画でよく見ますね。

小林:それはかなりの余計なお世話ですが、健康に気を遣ってもらえるのならいいですね(笑)。コンテンツとコマースの融合といえば、「Apple Music」は最強だな、と感じます。あれはポケットにCDショップやレーベルが丸ごと入ったようなものなので、僕はかなり重宝しています。

三橋:Apple Musicもそうですが、商品をレコメンドしてくれるツールが増えてくると、ユーザーにとって重要になってくるのは「その情報を誰から聞いたか」という部分になると思います。

小林:それは僕も感じています。いわゆる「情報の強弱」ですね。たとえば「食べログ」が仮に一人の人格だとしたら、振れ幅が大き過ぎますね。とてもおいしいと思っている店が食べログで見ると4人しか評価していなくて、しかもどれもイマイチな評価だったりすることもあります。評価のアルゴリズムとして、賛否に傾斜がかかりやすい。逆にたいして美味しくないと思う店が意外と良い評価だったり。

でも、自分がとても信頼している人がオススメしているのであれば、それはずっと価値のある情報なんですよね。それが情報の強弱です。背景が千差万別のユーザー評価を平準化したものよりも、自分にとってその情報源に対する共感が「強い、弱い」のか、それが重要です。

三橋:誰からレコメンドされた情報なのか、はECにも取り入れられるべき価値基準なのかもしれません。

小林:「Yelp」というアメリカ版の食べログのようなサービスがあるのですが、そこではソーシャルグラフをFacebookの外に出していて友達の誰がそのお店をレコメンドしているのかがわかる仕組みを取っています。情報の強弱を付けやすくするために、ソーシャルグラフの外部性を使う、というのは面白い試みですよね。

変容するオウンドメディアの価値

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三橋:この数年で、ECを行っている会社を含め、多くの企業がオウンドメディアを立ち上げるようになりました。これだけメディアが増えてくると、ほかとの差別化にも工夫が必要になりますよね。これから新規でオウンドメディアを立ち上げる場合、大切なものはなんだと思いますか?

小林:それはどんなサイトを立ち上げるかによって違ってくるので、共通の解はありません。一般則ではなく、特殊則なんですよね。一番のポイントは、僕はお金をかけるのもいいけど、情熱も必要だと言っています。文章が下手でも写真がイマイチでも、勢いがあるものって伝わるんです。その波長に合う人が集まってくれば最初はPVが少なくても勢いが加速していって大きな動きになる余地があります。また、ライバルを出し抜くには、これまでのように商品のスペックを並べているだけでは通用しないことはたしかです。たとえば、「このカーナビには何万件のデータを登録できます」と言われたところで、消費者は「あぁ、そうですか」としか思いませんよね。その商品が自分にとってどれだけ共感しえるものなのか、そのような趣旨は冗長なメッセージでないと発信できません。つまり、物語ることでしか訴求できませんから。

三橋:そうですね。正直なところ、商品そのもののスペックだけでは差別化が難しいものもありますし、そういった意味ではコンテンツの力を使って消費者へ提案するのは有効だと思います。しかし、頭ではわかっていても、コンテンツの素人にはなかなか難しい部分もありますよね。

小林:自分でブログをやったことがある人ならわかるのですが、どんな記事にアクセスがあって、どんな記事はそれほどウケないか、という原体験は必要だと思います。

三橋:なるほど。そうなると、質の高いコンテンツを作ろうとすれば、これまで雑誌を作っていたプロの編集者は重宝されるのではないでしょうか?

小林:それが難しい側面があります。紙媒体の編集者がいきなりウェブの制作に対応できるという例は見たことありません。一方でウェブ畑の人たちはサイトの作り方はわかっていても、丁寧なコンテンツづくりに長けていないので、その両方に対応できるハイブリッドな人材を養成する学校を立ち上げたら繁盛するかもしれませんね。

三橋:メディアの質、という話で言うと、今はメディアとしての価値をサイトのPVで計測することが多いと思いますが、それは本当に適切だと思いますか?

小林:これまでPVやUUはほかにはかるものがないため指標として重視されてきました。現在はビューアビリティ(どれだけ見られたか)や読了までの時間などが新たな指標に数えられるようになりました。また、コンテンツを読了しても、すぐに行動を起こさないこともあります。そのため長期においてそのユーザーの行動を観察していて、最終的にどのような行動を起こしたかといった態度変容を測る「アトリビューション分析」の方法もあります。

認知を広げる場合には従来からある指標でも良かったのかもしれませんが、ブランドを形成したり、イノベーションを興していく過程の効果測定には、今までとは違う指標がふさわしいと考えます。

メディアの価値を測る新しい指標づくりについてはぜひ電通さんに業界を牽引して進めてほしいですね。

三橋:身の引き締まる思いです(笑)。今回は貴重なお話をありがとうございました。

<注釈>

ショールーミングユーザー(※):店頭では商品の現物を見て質感などを確認するだけで、購入は安価なネット通販で済ますという消費者。

カスタマージャーニーマップ(※):顧客のニーズを満たすために用意すべき施策や、その施策によってもたらされる顧客の心理などを、時間の流れに沿って視覚的に表現するモデル。

「Amazon」がそんな試み(※):日用品などの一部の対象商品を割引価格で定期的に配送するサービス。

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